SSブログ

酒井法子とアメリカ [自然科学]

女優の酒井法子(”氏”も”被告”も違和感があるので敬称(?)略で)の裁判が始まり、テレビや新聞、週刊誌で目にしない日はない今日このごろ。
彼女の名前を目にするたび、私はこの夏のアメリカを思い出す。なぜか?

この夏私は、ヒッポファミリークラブの青少年交流の引率者(アメリカでは”シャペロン”と呼ばれる)として、カンザス州で1ヶ月間ホームステイをした。その体験自体にも自分でも驚くおもしろい発見がいっぱい!だったのであるが、それは次の機会にして、今回は「酒井法子」である。

乾いた気候、広い空・空間、野菜の少ない単調な食事、気さくで親切な人たち、それらが全て新鮮で、アメリカの家族と暮らした1ヶ月、いつしかアメリカが「現実」で、日本や家族は「思い出すもの」に変わっていた。

成田に到着した時も、まだ気持ちは「アメリカ」で、蒸し暑さと人の多さに戸惑いながら一緒に帰国した子ども達と入国すると、ヒッポファミリークラブスタッフのCさんが出迎えに来てくれていた。

成田から東京駅までの空港バスの中でCさんが「アメリカ、どうでしたか?」とたずねてくれたのをきっかけに、アメリカでの事や思い出が次から次にでてきてしゃべりつづけ、しばらくしてから聞いたのが「日本では何かありましたか?」だった。
Cさんは「酒井のりピーが逮捕されました!」と発覚から逮捕までの状況を詳しく話してくれた。

ファンではなかったけれど、「お芝居、上手やな」と好感を持ってみていた彼女が逮捕されたのには、正直驚いた。「碧いうさぎ」という歌が好きだったな、とか大河ドラマでの”ねね”は良かったな、とぼんやりと窓の外を見ながら、彼女ことを思い出すうちに「ああ、日本に帰ってきたんだ」と思った。

きっと、自分のあの時の「アメリカ」に残してきた思いも、日々の日常の中で次第に薄れここでの毎日が「現実」になり、いつしかアメリカは「思い出」に変わっていったはずだ。でも、あの時は「酒井法子」がそのスイッチになり、自分の記憶を「アメリカ以前」に戻したことは間違いない。
そのスイッチのおかげで、私は今も「酒井法子」と聞けば、あの時のアメリカへの思いや窓の景色、Cさんの顔を思い浮かべることができるのである。

「ことば」の背後に情景が浮かぶ、ということはよくある。
悲しいときに聞いた「歌」を聞くとその時の思いがよみがえるというのも同じだろう。けれど、聞くたびに、よみがえる思いは変化している。最初に聞いたときの「悲しさ」とは同じではなく、悔しさだったり、その時の自分へのあわれみに変わっていたりするのだ。そんな時、自分が変化したことに気づく。

その「ことば」がその場で、その空間で、その人との間で起こす作用は、その瞬間だけのものだ。
同じ「ことば」を聞いても、同じ「話し」を聞いても、毎回同じ「思い」が生まれることはない。必ず、少しずつでも変化している。そういう意味では「同じ話し」ということ自体もありえないのだと思う。

きっとこれからも「酒井法子」を見るたびに、私の記憶はあの日に戻るのだろう。
Cさんの顔と窓からの景色、アメリカへの郷愁と帰国したという安心感、、、。
今後それはどんな風に変化していくのだろう?

「酒井法子」以前と以後の自分の変化にも興味津々、の今日この頃である。 y-takezoe




posted by マーゴ at nice!(0)  コメント(1)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 1

k_shinkawa

マーゴさんの記事を読んで、いろんな思いがあふれてくる。

「空港」と聞いて思い出すのは、切ない別れや涙 だったのが、
今では、嬉しい笑顔を思い出す。

でも、先日 娘の見送りでは また 母を泣かせてしまった。
それは、切ない涙なのか、嬉しい涙なのか いや今度は両方かな。

ことばの音の中に、その人の人生が詰まっている。

「アメリカ」ときいてどんどんセピア色になっていったのが、 家族や、まーごさん達仲間のおかげで、 最近は 飛び跳ねるような 鮮やかな色どりを取り戻した!

人間とことばの進化は 限りない。。。



by k_shinkawa (2009-10-28 17:50) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。